ジュネーブの国際機関で活躍する日本人職員 世界保健機関(WHO) 福島 彩子(ふくしま・あやこ)さん

令和3年10月11日
 


 
 

現在のお仕事の内容を教えてください。

 世界保健機関(WHO)の本部のPharmacovigilanceチームに所属し、テクニカルオフィサーとして勤務しています。Pharmacovigilanceは聞きなれない言葉かもしれませんが、「Pharmaco」が薬の、「vigilance」が監視を意味し、日本語では「医薬品安全性監視」などと訳されています。
 少しPharmacovigilanceに関してお話しさせていただきますね。ご存知かもしれませんが、医薬品が市場に出回るまでには長い年月(多くの場合約10年以上)を要します。細胞や動物などを用いた非臨床試験、人間を対象にした臨床試験を行って、そこで有効性や安全性を確認できればようやく市場に出る、というとても長いプロセスです。しかし、市場に出て多くの人が服用し始めてから初めて判明する副作用というものも存在します。例えば、長い期間服用して初めて出てくる副作用だったり、非常に発生率が低い副作用だったりがあります。これらは、臨床試験期間中に検出するには試験期間が短すぎたり、臨床試験での対象人数が検出するには不十分だったりするため、捉えることができません。市場に出た後も継続的にデータ収集をし、副作用を的確に評価していくことが、医薬品の安全性を確保するためには重要なのです。
 新型コロナウイルスに対するワクチンは、他の医薬品とは比べものにならないくらい短い期間で開発、大量の人数に接種されている状況です。こうした状況の中で、Pharmacovigilanceの重要性が再認識されていると言えます。

 

WHOとしては、Pharmacovigilanceについて、どのようなことをおこなっているのですか

 様々なプロジェクトが動いていますが、大きく分けて3つの取組を行っています。
 1つ目として、先に述べたPharmacovigilanceは、日本であれば厚生労働省や所管の独立行政法人であるPMDA(医薬品医療機器総合機構)、製薬会社等が実施していますが、途上国では全く専門機関やノウハウがない国もあります。そうした国に対して技術的なサポートを行い、Pharmacovigilanceの強化を目指しています。
 2つ目として、国の専門機関(例えばFDA(米国)やEMA(EU)といった機関)、様々な国からの専門家とのネットワークを生かし、advisory committeeを定期的に、又は何か事象が発生した際などに必要に応じて組織し、助言を頂き、WHOとしての勧告、声明等を出しています。
 3つ目として、Pharmacovigilanceに関する基準・ガイドラインなどを出版物として作成し、世界に向けて発信しています。

 

福島さん自身は、具体的にどのような業務をされているのですか。

 先に述べたように、Pharmacovigilanceで適切なデータ収集は欠かせません。データが収集できなければ解析することも、それを基にした対策を立てることもできないのです。想像できると思いますが、多くの途上国ではこのデータを収集するキャパシティーがまだ十分ではないのが現状です。元来、紙ベースで発生した副作用報告が行われてきていたのですが、紙に記入する煩雑さ、郵便事情の悪さなど、報告漏れなく、迅速、正確にデータを収集するのが非常に難しい状況でした。
 このデータ収集をモバイルアプリによって行うことで、より効率的にデータを集めることができるようになっています。私は、様々な途上国に対してこのアプリを導入するためのサポートをしています。例えば、現在までに、ウガンダ、エチオピア、コンゴ民主共和国、ナイジェリア、パキスタン、ボツワナなどといった国にサポートを行いました。
 このアプリは特定の医薬品のための副作用報告に特化したものではなく、それぞれの国で承認された医薬品全ての副作用の報告に用いることができ、新型コロナウイルスワクチンの副反応報告もこのパンデミック発生を機に緊急で付加しました。新型コロナウイルスの流行、ワクチン接種拡大により、多くの途上国でアプリ導入のニーズが一気に高まっています。


「ある日の仕事の流れ」
08:00 Login
メール確認、緊急に対応すべき事項の確認、その日のタスクの優先順位付け
08:30 COVID-19ワクチン安全性に関する最新情報共有のためのチームブリーフィング
09:00 国際医薬品行政会議(ICDRA)でのPharmacovigilanceに関するワークショップの準備(プレゼン資料、コンセプトノート作成等)
10:30 途上国への医薬品副作用報告モバイルアプリ導入援助のため、外部のアプリ開発技術機関とのミーティング。途上国、ステークホルダーとの調整作業
11:30 WHOが実施する国際医薬品モニタリング制度(PIDM)を通して加盟国から寄せられた問合せに対応
12:30 昼食・休憩
13:30 途上国におけるPharmacovigilanceシステム強化を目的としたeトレーニング開発のための作業(コンセプトノート作成、共同作業者と契約資料の準備)
15:30 個別症例安全性報告を集めたWHOグローバルデータベースを使用しCOVID-19ワクチン又は注視すべき医薬品の安全性に関するデータ解析。解析結果をまとめた資料の作成
17:00 医薬品のデータ管理に関して国際医薬品モニタリングWHO協力センターとミーティング
18:00 Logoff


 

(ボツワナでのモバイルアプリの導入を機に、現地で行われた記念式典に出席。前列右から1人目が福島さん)

 

ところで、新型コロナウイルスのワクチンの安全性に関するビデオにも出演されていますね。とてもわかりやすい動画でした。

 ありがとうございます。このような時期だからこそなおさら正確な情報発信は非常に大切で、WHOでももちろん重要視しています。ワクチンの安全性についての動画作成もその流れで自然と出てきました。私自身は広報の専門知識は全くないのですが、幅広い視聴者層をターゲットに、正確に分かりやすく内容を届けるという目的で選ばれたようです。ただ原稿を読むだけでなく、どうやったら伝わりやすいかといった話し方について、WHOの広報の専門官からレクチャーを受けて撮影に臨みました。WHOの中には専用の撮影室があって、編集も専門のチームが行いました。


 
(当該動画はWHOのYouTubeで閲覧可能(こちらをクリック)。6か国語に訳され、WHO神戸センターでは日本語字幕版も公開している。)

 

福島さんは現在JPOとしてWHOで働かれているわけですが、国際機関で働くことを目指されたきっかけは何でしたか。

 実を言うと、JPO試験の存在を知るまで、国際機関を働く場所として意識したことはありませんでした。フランスで前職(製薬会社を対象としたコンサルティング業務)に就いていた際に、日本の官僚の方と偶然お話しする機会があり、私の経験を話したところ「JPO試験を受けてみたらどうか?」と言われて初めて「JPO」という単語と出会い、興味本位で調べてみたところから始まっています。そこで初めて国際機関で働くという選択肢を認識しましたね。おそらく結構遅い方ではないでしょうか(笑)。

 

珍しいかもしれませんね。それまではどのようなキャリアを歩んでこられたのですか。前の質問で、フランスで働かれていたとおっしゃっていましたが。

 もともと日本の大学の薬学部を卒業しましたが、縁あって薬学部在籍中からずっとフランスに行きたいという気持ちがありました。フランスへの愛とでも言ったら良いのでしょうか(笑)。卒業してからは医療機関で働き始めたのですが、さらにフランスへの愛が深まっていったのと、いろいろな患者さんと接する中で、もっと薬学を学びたいという意識が強くなり、3年目で薬剤師の仕事に終止符を打って、フランスの医科学分野の大学院に進学しました。そこで修士号をとった後に、Pharmacovigilanceの専門コースに入りました。その間に並行して医学研究所や製薬企業などでインターンをしたりもしましたね。その後も引き続きフランス現地でコンサルティング会社に入社し、5年ほど製薬会社を対象にしたコンサルティング業務を行いました。

 そこでは製薬会社に対する科学的根拠に基づいた市場参入戦略を提案するお仕事を主に担当していたのですが、WHOのレポートを引用することがしばしばありました。現在の「Pharmacovigilance」に関する業務につながる、医薬品安全性に関するレポートも使っていましたね。こういうわけでWHOになじみはありましたが、そこで働くことになるとは思っていませんでした。
 その後、先に述べたようにJPO試験の存在を知り、受験・合格し、2019年の4月からWHOで勤務しています。

 

国際機関で働く魅力について教えてください。

 グローバルな課題解決に取り組めるというのはもちろんですが、「人との出会い」というか…。「人」に興味があるので、「この環境でなければ出会えなかった人と出会える」という部分に魅力を感じています。例えばWHOに入ってからエチオピアに3回出張する機会がありましたが、首都アディスアベバから数時間も車で行ったような先でワークショップを行った後、現地のホテルのレストランでサーバーとボディーランゲージも含めながら他愛もない会話をしている、おそらくこういった仕事に就いていなければなかった出会いですよね。

 仕事の進め方という面では、前職のコンサルでは科学的に正しいからこのやり方で進めましょう、という率直なアプローチを取ることが多かったのですが、今の仕事では、それに加えて各国の現状や政治的な影響も考慮してプロジェクトを進めなければならないという難しさがあります。時には行動する前にきちんとその国、地域の歴史、情勢なども理解する必要性があり、大変勉強になります。

 後はもちろん、自分がサポートした国々で先に述べたモバイルアプリの導入が副作用情報の収集に役立っているといった成果を聞くと、大きなやりがいを感じます。

 

これから国際機関で働くことを目指す方にアドバイスをお願いします。

 これは他の国際機関で働く方もおっしゃっていることかもしれませんが、英語の他にもう1か国語話せると世界が広がると思います。私はフランス語が話せることで、割り当ててもらったフランス語圏へのサポート業務もありますし、いろいろな文化の人と出会える幅が広がっています。
 また、自分の価値観や文化に固執せず、柔軟にいろいろな違いを受け入れ、理解することができる、ということも国際機関で働いていく上では重要だと感じています。

 

本日はお忙しい中、ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました!

 
(エチオピアでのモバイルアプリの導入を機に現地で行われた記念式典に出席。右から2人目が福島さん)


(2021年9月、オンラインにてインタビュー実施 聞き手:工藤書記官)
 
 
 
外務省国際機関人事センターのホームページでは、JPO制度を始め、国際機関に就職するために役立つ情報を多く掲載しています。是非ご覧ください!
https://www.mofa-irc.go.jp/
 
 
  
 

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